致知

【致知2019年11月号】特集テーマ「語らざれば愁なきに似たり」を読んでの感想

今月の特集テーマは

「語らざれば愁(うれい)なきに似たり」です。

この言葉は

「君看(み)よ双眼の色 語らざれば愁なきに似たり」

という詩から来ているようです。

 

意味としては

「あの人の眼をご覧なさい、何も語らなかったら何の愁いもないように見えるでしょう」

という内容になります。

 

つまり

「何も話さなければ悲しみなど無いように見えるでしょう」

ということだと思います。

 

このテーマを掘り下げると、総リード文の最後にある言葉に集約されるのではと思います。

それは、以下の2点です。

・悲しみを抱いて生きていくことの大事さ
・人の悲しみが分かることの大事さ

 

人生では悲しい出来事も当然起こるが、

その悲しさに向き合い生きていかねばならないし

普段は明るく振る舞う人でも実はとんでもなく大きな悲しみを抱えているかもしれない…

と察することができるようになる必要がある!

というわたしたちへのメッセージなのではないでしょうか。

 

相田みつをさんの「憂い」という詩の最後にも以下のようにあります。

澄んだ眼の底にある
ふかい憂いのわかる人間になろう
重いかなしみの見える眼を持とう

 

澄んだ眼を持った人でも

重いかなしみを実は持っているかもしれない。

それを察する感性を磨くためにも学び続けていこうと思います。

対談「親鸞と良寛に学ぶ」を読んで


親鸞(しんらん)も良寛(りょうかん)も仏教者ですが

わたしは良寛という名前は初めて聴いたと思います。

その親鸞と良寛について語り合ったのはこのおふたり!

作家
青木新門(あおき・しんもん)
平成5年に葬式の現場体験をもとにした『納棺夫日記』を著しベストセラーに。本作を原典にした映画『おくりびと』は第81回アカデミー賞外国語映画賞を受賞。

曹洞宗僧侶
中野東禅(なかの・とうぜん)
駒澤大学大学院修士課程修了。曹洞宗教化研修所修了。南無の会副総務、京都市龍宝寺住職などを歴任。

わたしにとってはどちらも初めて知る方たちです!

映画『おくりびと』を知っていたくらいの知識です(まだ観てはいない)

このふたりが語る親鸞と良寛から学んだこととは?

また親鸞・良寛の魅力とは何かを読み取っていきましょう!

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1. 親鸞と良寛の共通点

ふたりの大きな共通点が実はあり、それは

「愚」だそうです。

親鸞は自らのことを「愚禿(ぐとく)」と称し、

良寛は自らを「大愚(たいぐ)」と言っています。

愚かなという意味ではなく、どちらもへりくだっているワケですね。

 

また「愚直に生きる」という言葉があるように

バカ正直にまっすぐに生きたのが親鸞と良寛なのでしょう。

裏表なく人生を生きていくのは簡単ではありません。

 

親鸞は「分別(ふんべつ)」という言葉を嫌ったそうです。

分別があるというは、つまり常識があると同じような意味だと思いますが

多くの分別がある人ほど「生」と「死」を分けて考えていまいます。

生や死、好きや嫌い、キレイやキタナイといった分別の無い世界。

それこそが「愚の世界」だというのです。

 

…ちょっと何言ってるのがわかりませんね笑

わたしなりに解釈すると

「愚の世界」とは「自分を守らない世界」なのだと思います。

良いも悪いも分別なく全てを受け入れ、愚直に生きる。

簡単なことではありませんが、だからこそ

そこに立ち向かっていったふたりの生き方に感動させられるのでしょう。

 

2. 悲しみから距離を置く

中野東禅氏はこう言っています。

我々は悲しみに遭遇するとすぐに動揺し心乱れてしまいますが、良寛は振り回されることなく距離を置いてその悲しみをじっと見つめている。

距離を置いて悲しみを見つめるとはどういうことなのか?

わたしも初めて耳にする価値観ですが…

 

おそらく「自分を客観視する」ことに近いのではないでしょうか。

多くの人は悲しみという感情に支配されてしまいますが

いい意味で、悲しみを自分ごととして捉えていない。

そんな状態が「悲しみと距離を置く」ことなのだと思います。

 

しかし、先ほど書いたように「分別のない生き方」からすると

悲しみと距離を置きっぱなしにするのはなんだか矛盾している気がします。

そう思ったら

中野東禅氏はこうも言っていています。

 

“良寛は愚の世界から見た悲しみを抱き続けて生きてきた”

 

距離を置きつつも、その悲しみを忘れることなく共に生きる生き方を選んだわけですね。

わたしたちがすぐにできる領域ではないかもしれませんが

「悲しみを客観視する」という価値観は今後活かせるかもしれません。

 

3. いかなる場合でも平気で生きる

青木新門氏が、正岡子規の言葉を紹介されています。

「悟りという事は、いかなる場合にも平気で死ぬることかと思っていたのは間違いで、いかなる場合にも平気で生きる事であった」(一部抜粋)

この言葉は、正岡子規が亡くなる2週間前に記したものだそうです。

いかなる場合にも平気で生きる。

その生き方をしていたのが親鸞であり良寛。

そんなこと簡単に言うなよ!という感じはしますが

現代にこそ必要な価値観な気がしています。

 

どんなにモノが充実して、インフラが整備されても

それが人の心を完全に満たしてくれるワケではない。

どんなにスマホを通じて世界と繋がっても孤独を感じたら

それは孤独になってしまいます。

 

人の上に立つ人(リーダー)ほどこの考えは必要だと感じていて

リーダーはいかなる場合も平気で生きてないと組織には悪影響です。

平気で生きてないと周りに気も遣わせてしまいますよね。

 

「いかなるときも平気で生きることが大切」という考えがあるということは、ウラを返せば

それほど「平気で居続ける」ことはむずかしいということです。

そこで大事なのはどれだけ自己分析ができているか、ということで

自分が

・どういったポイントで気分が沈むのか
・どうすれば機嫌が良くなるのか

と抑えておいた方がいいのではないかということです。

 

気分の浮き沈みを計算に入れておくのです。

ゴルフでもボールをまっすぐ飛ばすのはむずかしくて

人それぞれの癖で右や左にどうしても曲がってしまいます。

けど練習を重ねてくると曲がる度合いもだんだん分かってきます。

 

曲がるのが分かっていれば、その曲がり具合を計算に入れて打てばいいだけですね。

自分の弾道の分析を練習段階で知っておくことが大切です。

自分の気分の曲がり具合も分析できていれば、対処しやすくなるでしょう。

「いかなる場合でも平気で生きる」ための分析力が必要かなと思います。

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さいごに

今回の特集テーマ「語らざれば愁なきに似たり」を見たとき

「めちゃくちゃむずかしそうなテーマやん…」と思いましたが

対談記事を読んでみたらやはりむずかしい内容でした笑

 

しかし、がんばって読んでみたところ

以下の2点に集約されるのではないかと感じました。

・感性を磨く
・どんなこともしっかり受け止める

何も語っていない人でも、大きな悲しみを抱えているかもしれない。

その背景を感じ取るための「感性」。

悲しみ、老い、病気、死などの人生にとってのマイナス要素も

しっかりと受け止め、共に生きる覚悟を持つ。

そんなメッセージを今回のテーマからわたしは感じました。

これらができるようになるためには

やはり継続しかなさそうなので、引き続き学んでいきます。

それでは、また!

ABOUT ME
かない
普段は化粧品研究開発をしている兼業ブロガー。将来の夢は本を出版することと、ラジオに出演して笑いを取ること。